
ヨーガ塾
Sri Chakra
― シュリー・チャクラ ―

Vol.3 インド思想との出会い
当時僕が目指していた演劇表現の道と、その流れで出会ったダンス表現の道を歩む中で、ヨーガ·エクササイズはとても役に立ちました。演劇においては、人前での表現のときの緊張が少なくなり、ダンスにおいては身体が柔らかくなって多様な動きが自由に動けるようになりました。
25歳の頃、演劇とダンスの道で僕に大きな問題が生じました。夢中になって時代の舞台表現の流行を追っかけて活動をしていた僕は、自分が本当に表現したいことは何だろうか、と問い始めました。問えば問うほど分からなくなり、少しの間表現活動を停止しようと決意しました。
そのころ渋谷駅近辺のビルの管理人の仕事が見つかり、ビルの管理人の仕事をしながら、しばらくヨーガ·エクササイズだけをしながら、今後のことを考えようと思いました。ビルの管理人の仕事はとても楽で、朝ビルの掃除をすることと、夕方会社が契約している近所のビルを清掃するだけでした。二か所の清掃は2時間あれば十分でした。僕は毎日夕方になると、近所の代々木公園に行って、人の少ない芝生のある場所を見つけて、そこでいつも2時間くらいアーサナ(ヨーガのポーズ)を行いました。外で行うアーサナはとても気持ちがよく、芝生の上で仰向けになってくつろぎのポーズを行うときの、自然の風や草の匂い、空の景色は格別でした。エクササイズが終了すると、身体がとても軽くなり、渋谷駅前の人ごみの交差点の中を、歩行者とぶつからずに風のように隙間を通り抜けて歩くのが楽しくて仕方ありませんでした。
そのころ、ヨーガの先輩で照明家の友達の部屋に遊びに行ったとき、彼が玄米をごちそうしてくれました。僕にとって生れて初めて食べる玄米で、そのおいしさにびっくりしました。玄米のおいしさがすごくて、おかずは何もほしいとは思いませんでした。そのことがきっかけとなり、僕も玄米を食べようと決意して、当時渋谷にあった「オオサワ·ジャパン」で圧力鍋を購入しました。その圧力鍋は現在もまだ健在で、ときどき使用しています。
このころから日本ではインド思想が紹介されるようになり、朝日新聞ではインドのヨーガセンターの記事が長期間連載され、中央公論社から世界の名著の第一巻「バラモン経典·原始仏典」が発売され、佐保田鶴治先生の「ヨーガスートラ」の解説書も発売されました。インドの映画やインド音楽のコンサートもしばしば開催されるようになりました。特に玉城康四郎先生の著書「近代インド哲学の形成」という本には、近代インドの聖者たち、ラーマクリシュナ、ヴィヴェーカーナンダ、ラマナ·マハリシ、オーロビンドの伝記や思想が詳しく紹介されていました。「バラモン経典」には、インド哲学の古典、ウパニシャッドやバガヴァッド·ギーターその他の翻訳が満載し、僕は「ウパニシャッド」の思想に引き付けられました。それは存在の完全性について説かれていて、人間は本来完全であるという教えでした。その聖典の日本語訳を読んだとき、僕が少年のころから感じていた、自分自身の無限な可能性と聖典の言葉が結び付き、インド思想を勉強すれば、僕は自分の完全性と出会えるに違いない、と直感しました。