渋谷でのビル管理人の生活は行き詰まり、18歳から25歳まで過ごしてきた東京での演劇とダンスの生活を一度全て捨てて、全く別な場所で新しく生活を始めたいという衝動にかられました。そのころ佐保田先生の著書「ヨーガスートラ解説」の初版本に掲載されていた、佐保田先生と生徒さんたちのヨーガのポーズの写真を見て、京都に行ってこの人たちと一緒にヨーガを学びたいと思いました。また高校三年生のときに修学旅行で京都に行ったとき、京都の禅寺を見学し、その神秘的な静けさに圧倒され、僕は「京都で禅を学びたい」と強く感じた記憶が蘇りました。この二つの理由が動機となり、京都に行こうと決意しました。それは僕が26歳になった秋でした。僕はインドのヨーギの著書3冊と玄米の圧力釜を持って京都に行きました。
とりあえず京都近辺で建築現場の仕事を探し、休日に二条城のすぐ傍の佐保田先生のご自宅を訪問しました。先生は快く僕をお迎えくださり、これから始めようとしているヨーガの組織(日本ヨーガアシラム)のお話をされ、その経済的基盤を支えている佐保田先生の生徒であり、会社を経営している社長さんが、人手を必要としているので、その会社で働かないかと僕に勧められました。僕にとっては幸運の極みなので、その社長さんと面接し、その会社に入社しました。
日本ヨーガアシラムの建物は京都の桃山にあり、新築したばかりの大きな建物でした。僕はまだ組織としての活動開始以前の日本ヨーガアシラムをときどき訪れ、佐保田先生とお話ししたり、先生が作成したヨーガの解説パンフレットを、先生と一緒に折りたたむのをお手伝いしたりしました。
僕が入社した会社には、佐保田先生の生徒で、10年くらい他の生徒さんたちと一緒にヨーガを学んでいた金井さんという年上のとても親切な人がいました。僕と金井さんは同じ会社の寮に住み、二人とも趣味が合い、とても仲良くなりました。会社の仕事が終了すると、会社の広い畳の休憩室で、一緒にヨーガ·アーサナをし、そのあと一緒に玄米を食べました。
ある日金井さんから数ページの小冊子を頂きました。それは内山興正という禅の僧侶の書いた文章でした。その文章の中に、「座禅とは自己の正体を発見することだ。」と書かれていました。数年間「私は誰か」を考えていた僕にとって、この言葉は衝撃でした。僕は内山興正さんのお寺に行って、座禅をしなければと即座に考えました。